「くすりや」の「現場」

薬屋が見た、聞いた、考えた、さまざまなことを書いていくブログ

差別化されているのは実は顧客かもしれない

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 この漫画を見て思ったのが

一握りの良質の情報を理解できる人のために、それが理解できない人のための商品を開発し、その収益で良質の商品を提供する。大衆向けの商品を買う人を下に見ているわけではありません。彼らの求めるものを調査し、提供しているのですから。彼らの価値観にとっていい商品を提供しているのだから、双方満足なんです。(それを知ったら差別されている、と感じる性格の方もいるでしょう。自分が求めるのは「特別扱いされること」と気づくのです。)

 

 これをやれないのが医療なのですが、実は、「かかりつけ薬剤師」制度はこれなのではないでしょうか。本気で治療したい人、違いの分かる人が特別料金を払って、より上質の治療の支援を受ける。

 違いがわからない、わかっているけれどもそこまで支払う余裕がない人にも求めるレベルの情報を提供する。同じ医療であっても、求めるレベルが異なる。健康に対する真剣さが違う。健康は大事と口々に言われますが、実は、それぞれの人の中で求めるものは違うのではないかと感じました。

 それぞれの幸せに合わせたものを提供すればいいわけで、本当に、心から健康に向き合いたい人だけがプロの本気の支援を受ければいいというメッセージも実はあるのではないでしょうか。本気の支援を受けるならば、患者の側にも本気で治療に参加する義務があり、それ相応の覚悟も必要と考えます。

 健康は大事と言っておけば体裁が良い、周囲に角が立たない ので表向きは言っているけど、本音ではj自分の気持ちの思うまま、快適に過ごしたいという人もいるでしょう。それが悪いわけではないです。健康の大事さを痛いほど感じるのが人生の最後であることが多いので、まだその時期ではないのでしょうから。

 

 それに気づいていないのが医療者自身ではないかと感じてもいます。(これも人それぞれで、気づいている人もいる。特に、人生の終末を多く見てきた人や様々な境遇の患者さんを間近で見てきた人は早く気づくと思います)健康はかけがえのないもの(思考停止)でいいのでしょうか?

 そして、それに気づいていても気づかないふりをして提供することができる人たちが受けているのではないかと考えます。

 

 

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