「くすりや」の「現場」

薬屋が見た、聞いた、考えた、さまざまなことを書いていくブログ。「ブログに書いてある情報は一般的なものです。ご自身に合ったものにするにも、受診している医療機関のスタッフ、かかりつけの薬局の薬剤師に相談しましょう。」正論でぶっ叩かない医療者に!

健康食品を望む気持ち

 健康食品を求める人がいる。

 実際の効果は定かではないものが多いため、医療関係者(特に医師や薬剤師)からは「効かないのだから必要ない」と扱われることが多い。

 

効果は定かではないの意味

 客観的なデータに基づく効果判定をした研究結果が少ない。

 研究しようにも時間とお金とそれを行う人員が不足している。

 研究する気がない。(売れればいいので、など理由は色々)

 

 ところが、効かないからといって医療者の側から「必要ない」とバッサリ切り捨てていいものだろうか?

 それは、服用することで何かを願う患者さんの価値観もバッサリ切り捨てていることになることになりはしないか?

 併用薬を確認した時に「それ効かないから要らないですよね」軽く言ってはいけないのである。効かないと分かった上で飲んでいる場合もある 。

さすがに、現在行われている治療に害を与えるものは必要ないと切り捨てていいし、ましてや過度に高価のものだったり、何か怪しいものだったりしたらなおさらだ。

 

 健康食品を飲もうと考える気持ちがどういうものなのか、それに対し、向き合うのも医療者の仕事ではないか。医療者は科学の視点でものを見るため、つい「疑う」目で物を評価をしてしまう。対し、「信じる」という視点で物を見る人も多い。思考の違いから、行き違いが起こっている。

 

 よくならないのはわかってる、だけど、健康になりたいという気持ちがある。すこしは自分が治療に対して何かをしたという証が欲しい。その気持が何かというのがわかれば、対応もできる。

 治療に対して何か努力をしたという証がほしいのであれば、治療を現在受けていることも十分努力している証拠足り得ると患者のことを受け入れるという方法もある。

 そういう気持ちを受け入れた上で、

継続して飲みたいものならば、害がないかどうかだけ確認して継続する選択するものもよし、

効果がないとわかれば、やめるきっかけにするもよし。

 

 患者が医療から遠ざかることを防ぐことも薬剤師の大きな役割。確実性で言えばやはり民間療法よりも医療が上であることは証明されている。というより、民間療法は客観的な評価を受けているものが少ない。

 エビデンスがあるものでも、さほど質が高いものとはいえない。しかし、ないよりはマシだ。それを用いて、相談者の支援をするのもEBMの役割だ。

 

 医療者によって、有意差がない→効かない→必要ない と捉えるのか

 有意差がない→害があるかエビデンスを探す→害があるエビデンス発見→中止

となるのか

 有意差がない→害があるかエビデンスを探す→害についても有意差がない→使用するかどうかは飲む人の価値観で決めることができる

 となるのか

 選択の幅を広げてもいいのではないか。

 (こういった選択ができるようにするには、論文を読んで慣れておき、適した論文を探せるようになることが効果的)

 

また、

治療に害を与えず、

カルト的なものから遠いものや

なるべく高くないものを

勧めるのも一つの方法ではないか。

 

 そういう意味では、薬剤師が自信を持って勧める健康食品(いい意味で毒にも薬にもならない)のレパートリーを持っておくことがいいことと考える。信じる心を支援する。これを医療側が持つことで、トンデモ医療から遠ざけることができる。それができるのが、ちょうど薬剤師ではないかと思う。

 

 

 

もしよろしければバナーのクリックお願いしますm(_ _)m

にほんブログ村 病気ブログ 薬学へ
にほんブログ村 

 にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村

アセトアミノフェン原薬を承認を受けていないものを使用して製造した件

 とある原薬製造企業が、届け出をしていない原材料を使用して医薬品原料を作っていた事件についてゆるく解説します。

 報道では原材料の製造国を押し出していますが、事件の本質には一切関係ありません。

 この原薬を使用した医薬品の品質に問題はないの?と思うかもしれませんが、

医薬品製造のプロセスがわかれば、答えは明白です。

「問題ありません」

 医薬品製造業者は、原薬を受け入れる時に品質を調べていて、適合していることを確認した上で製造していますし、しなければなりません。さらに、製品として出荷するときも製品として適合するかどうか調べています。(勿論、これらの試験記録もあります)

 改善するとしたら、

1.原薬メーカーが原料を使う時に所定の手続きをする

(もしかしたら申請費用が出せなかったのかもしれません)

2.効果があったり、安全性がはっきりしている長期収載品の価格を安くしない。むしろ高くする。

発売してから長い期間がたった薬:医薬品は発売時が最も高く、安くなっていきます。(←どんどん優れた薬が出るという考え方から)発売からの時間経過と薬が優れているかどうかは関係ありません。むしろ、優れている薬が残る(新薬でも特に目立った効果がなかったり、必要不可欠な要素がなければ安くしたり承認しないなどする)ようにして、薬価収載される薬の種類を減らす方向にすれば薬局や医療機関の在庫問題も解決するのではないかと考えます。

 

参考資料(非常にわかりやすいです)

誰でもわかる簡単GMP 目次 東京都健康安全研究センター

 

 

もしよろしければバナーのクリックお願いしますm(_ _)m

にほんブログ村 病気ブログ 薬学へ
にほんブログ村 

 にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村

院内の調剤料と院外の調剤料が違う理由

 院内処方と院外処方で調剤に関する技術料が違うのにはわけがある。

 

 1.採用している医薬品の種類

 院内処方の場合、

 大きいところだとその病院で採用する医薬品の種類を決めているので、原則としてその中から処方される

 診療所で医師が一名だと、その医師が使用したい薬のみ

と種類が限定される。

 

 院外処方だと

多数の医療機関

多数の医師

 

の処方が突如として来るため、置いている医薬品の種類も多くなっていく。

そして、1つの包装で100錠入りのもののうち、処方箋に記載されている14錠だけ患者さんに渡して、それ以降ぱったり処方されず有効期限を迎えることもよくある。こうなると、薬局としては完全に赤字だ。薬価差益は、その包装のすべての医薬品が調剤されて初めて出る利益と言っても過言ではない。(薬価より少しだけ安く、医薬品卸より入庫されます。あまり差益が大きいと、差益の大きいものを処方する医師がいたこともあって日本の医薬分業は進んだという一面もある。)

 

 医薬品卸によっては、分割販売と言って、錠剤のシート単位で薬価で販売するシステムが有るところがあるが、この場合だと発注締め切り時間が通常より早く、入荷に時間がかかる。そこで、近隣の薬局に薬を買いに行って取り寄せたり、患者さんの都合のいい薬局に行ってもらって薬を得ることもある。どれを選択するかは患者さんの意思だ。薬局側から医薬品卸に行って薬を得ることはできないため(薬局側での身分証明ができない)医薬品卸が対応できない時間帯は入荷が行われないのだ。

 病院、とりわけ救急や重症の患者さんを受け入れる病院だと医薬品卸も色々対応するようだが(本当に死ぬか生きるかの状態の方が昼夜問わず運び込まれるので)、薬局だとそうはいかない。でも、最近では在宅療養の患者さんを受け入れる薬局もあり、急変に対応する必要がある場面もある。そのあたりの対応もお願いしたいが、医療の資格を持っていない医薬品卸の方に無理な労働をさせていると考えると難しい。(最近では、労働年齢人口の減少により、医薬品卸のドライバーも待遇を良くしないと人が集まらないようだ)

 

 これに対する打開策が「箱出し調剤」だ。体重による加減が必要な小児科では難しいが、成人の場合、よほどの調節が必要な状態(精神の疾患の治療や、腎臓や肝臓の機能が低下している場合)を除いては、慢性疾患の薬は箱に用法用量を記載してその通りに飲めばいい。

 こうすると、包装を開けることなく薬局のカウンターで箱をそのまま貰えばいいので、時間短縮となる。箱の中に規定された量の薬が入っていない場合は製造側のミスとなる。(化粧品を購入する際、店頭で店員の方と一緒に中身を確認するようになったが、多分違うものが入っていて大クレームになったんだろう。店員さん悪くないのに。)

 箱出し調剤の場合、患者が説明書を読まなかった場合の事故などは患者の責任は免れない。薬を飲み忘れた場合、その薬は患者に渡ったままとなる。(わざと飲まずに次に同様の症状が起こった時にとっておくこともできる。)

 患者の責任が大きくなるけど、どうします?というところだ。

 

 

2.病院は診療が収入のメイン 薬局は薬物治療と生活の支援が収入のメイン

 

 実は、病院の薬局は法で定められた薬局ではない。その医療機関の薬しか調剤できない「調剤所」だ。ゆえに、他の医療機関の処方箋を受けることができない。その病院での入院患者が持ってきた薬を鑑別したり、短期入院などで持参した薬についての治療を行わない場合は持参薬が何であるかを確認した上で他の医療機関の薬をそのまま出すことがある。

 病院の収入のメインは診療だ。医師がやったこと、指示したことに対して報酬がつくことがほとんどで、他の医療スタッフは医師の指示に従って動く。他の職種が単独で行ったことに対しての報酬はつかないことが多い。 

 薬局は薬剤師がしたことに対して報酬がつく。誤解をされているようだが、薬局は処方箋がなくても来てもいい場所だ。

 その薬局で調剤されたものではない薬の相談をしていい。さらにいえば、害虫の駆除の話をしにいってもいい(殺虫剤の使用方法と防護手段)。どこの医療機関に行けばいいのかという相談をしてもいい(他の患者さん提供の医療機関の診察情報やお薬手帳記載の処方内容からある程度は見えるところもあるので)。

 そういった相談にお金を取りたいところだが、徴収すると確実にネットの出所不明の情報や根拠のない口コミに走る人がいるのが現実だ。

 そういった情報提供にお金が取れない以上(安価な商品を置いてお礼に購入してもらうという善意による手もある)、処方箋を持参した場合の報酬に頼らざるをえない。

 

 独立した機関として存在するための費用として報酬に差があることを強調したい。

 

 

 

 

もしよろしければバナーのクリックお願いしますm(_ _)m

にほんブログ村 病気ブログ 薬学へ
にほんブログ村 

 にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村

神戸市中央区薬剤師会学術講演会(2017.6.3)

 

 自分が参加した講演会の内容を軽くまとめます。

 

 「神戸市での結核発生状況と薬局薬剤師に期待すること」

神戸市保健所 藤山理世先生

 神戸市は全国よりも結核発生割合が高い

 (一番高いのは大阪市)

 ホームレスだけの問題ではなく、小児に感染することもある。

 結核の薬は有効なものの種類が多くないので、副作用が出ても一切中止とならないこともある

 最初は入院で治療するが、外来で治療する(270日間薬をのむことになる)再発、感染拡大を防ぐためにも服薬管理は必須。外来に来る頃には症状がないことがあるので、ノンコンプライアンスの原因になりがち。

 包括的服薬支援(DOTS)が必須。

 

「The 処方提案 高齢者の薬物療法ガイドラインの活用方法と実践」

 医療法人つくし会 南国病院 薬剤部長(など多数の肩書) 川添哲嗣先生

 

 残薬問題とポリファーマシー、個々の患者に適した処方提案について

 エビデンスと五感の活用の融合

 多職種との連携

なんでも飲み込み自分のものにしてしまい、それを惜しげもなく分け与える川添アニキ(勝手に兄貴分扱いにしている(汗))の今年の講演はぜひ、

EBM嫌いの人と

講習会そのものに参加するのが初めての人と

薬剤師なんかお金のためだけにやっている人と

仕事に行き詰まっている人に聞いてもらいたい!

 

 

もしよろしければバナーのクリックお願いしますm(_ _)m

にほんブログ村 病気ブログ 薬学へ
にほんブログ村 

 にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村

遠隔診療は果たして対面より優れているのか?

遠隔診療に対する話題がある。 

遠隔診療普及へ報酬増額=安倍首相「しっかり評価」―未来投資会議 - エキサイトニュース

オンライン通院始めました~半年して見えてきたこと 医者にも患者にも大きなメリット 普及に向けて前向きな議論を | JBpress(日本ビジネスプレス)

遠隔診療でも直接対面で診察する場合でも治療効果に差はないという発表があった。

 

 そうなれば、病院に行くのが面倒な人は遠隔診療を選ぶであろう。自宅だと、待合で並んでいる間に他のことができる。

 素人レベルでも想像つく問題点を考えた。

1.診療時間は通常の外来患者と同じ?

 1-1 待合室で待っている人は、誰も診察室にいないのに、なかなか呼ばれないので延々待たされている気持ちになりはしないか?

 1-2 かといって、24時間対応できるとなったら開業医の体が持たないのでは?

2.自分の都合の悪いことを医師が言ったら、患者側はスピーカーの音を切ることで聞かなくていいことになりはしないか?

 2-1.言った言わないの齟齬が生まれるのではないか?

3.患者の認知機能低下などで、遠隔診療に必要な機械の操作ができなくなり受診できなくなった場合の判断はどうする?

 3-1.対面の受診に切り替えるための医療機関同士のネットワークが必要だが、医療機関側ができても独居の場合など患者本人が動かない場合はどうする?

4.診察の途中で、その場で検査など、患者に直接触れる必要が出てきた場合の対処はどう行なう?患者が医師の言うことを聞かないで逃げることもできるけれど。

 

 医療側が患者宅に赴いて治療をする方法もあるけど、これは明らかに受診が困難な人(移動できない)のみ対象であるべき。ただ単に「行くのが面倒くさい」人の場合、医療側が移動するのでその間の交通費と手数料(できれば高額)は徴収してもいいと考える。移動している時間に他の患者さんを診察できる。(現行でも交通費は徴収OK)

 

 個人の私見です。

☆賛成する遠隔診療

過疎地における治療(専門医がいないなど。その土地の医師が、専門医に意見を仰ぐ医師同士の遠隔治療も含む。希少疾患の方で、専門医まで遠い場合も含む)

在宅療養の方の経過観察(バイタルサインや起床、食事などの生活のリズムの見守りなど。独居の方に効果的。また、在宅療養の方の家族の診察も同時にできる)

 

★反対する遠隔診療

仕事が忙しく、受診できない人向けの遠隔診療(通院が理由で会社を休めなくなる。本来はどんな理由であっても会社を休みたい時に休めるようになるべきだが、そのようなことになっていないため。通院後心身を休ませることも治療である場合もある)

 人からの評価を気にしすぎる人の場合、周囲の人、特に会社の上司が遠隔治療を受けていると「病院に行くぐらいでは休めないんだ」と過剰な反応をしてしまいがち。通院と休息がセットになっている治療の場合は休んでいいし、通院にかこつけて心身を休ませることも必要だし、それを選ぶ自由もある。むしろ、「休む」ことが治療であることが主流になっていない現状なので強制的にでも休ませるべき方向に向かって休むことを選べるようになるまではこの手の遠隔治療はするべきではない。 

 これは担当する医師にとっても、いつでも診られる=医師も休めなくなることになるため休める時間を強制的に作るためにもこういう趣旨の遠隔医療はすすめてはいけない。

 周囲に対し、仕事を休まないことありきの遠隔治療は反対。

「病院の待合室に行くと他の疾患になるかもしれない」「病院まで連れて行くのが面倒」という理由での遠隔診療(小児科にありがち)

 

人と対面するのがつらいという方の遠隔診療は難しい。治療の段階によって、少数の気の置けない人との対面で慣らす段階と、多くの人と接することができるようにする段階があるから。気を遣わないでいい人とだけ接したいというのは誰もがそう思うことだけれども。気を使わないでいい暮らしを送るのが最終目標ではなく、適切な距離のとり方をあまり意識することなくできるようになることが目標のような気がする。

 

 診察室に行かないことで、普段の状態を把握しやすくなる場合もある。

 

 

 

  

もしよろしければバナーのクリックお願いしますm(_ _)m

にほんブログ村 病気ブログ 薬学へ
にほんブログ村 

 にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村

【ここを押さえると効果的かもしれない薬物治療】保湿剤の使用について

保湿剤を毎日塗るのは面倒くさいですよねー

 

 私、秋口の一時期になると脛からふくらはぎ、足首にかけて痒くなります。掻いてしまって傷ができるほどです。対策として年中お風呂上りに保湿剤を塗っているのですが、お風呂上りに塗るのも忘れそうになります。実際に忘れます。

 これ、一人で複数の子供をお風呂に入れている親御さんにとっては無理ゲーですよね。子供一人でも抵抗されて大変だし、一緒に入浴していれば自分の着替えもあるし。

 

 では、実際にどれぐらいの頻度で塗るのが一気に効果的になるのか考察しましょう。

 

 論文1によると

「ヒルドイドソフト軟膏(水中油型乳剤)では、1日1回よりも1日2回のほうがより効果的であると示唆。1日1回塗布の場合、量を増やしても(3mg/平方cm)1日2回1回2mg/平方センチよりも効果が落ちることが示唆された。

 大規模な試験をしているわけでもありませんし、健康成人8名に対し人工乾燥皮膚モデルを作ってできたデータなのでエビデンスとしてはもう少しと言ったものですが、今までこのような研究がなかったので参考にはなります。

 

「1日2回なんて朝忙しいのに!」とおっしゃる方もたくさんいます。

そこで、別の論文(論文2)の結果を出します。

 16名の健康な女性の前腕部皮膚にて調べたもの。

 水中油型乳剤を1日2回7日間塗布し、中止後2日間は効果が増大し、7日間の肌の状態は維持される(保湿剤が表皮に吸収されているため)

 

 忙しい方には、1日2回塗布をとりあえず7日続けてもらって、肌をいい状態にすると効果があると説明するといいのかもしれません。

 無理のない範囲で効果が出るところを押さえると、格段にアドヒアランスが高くなるのではないかと考えた次第です。

乳剤は水中油型しか存在しませんので、乳液状の保湿剤でOKということになります。

 いずれも、エビデンスの質としては高くはないです。しかし、塗るのが面倒な方には希望になるかもしれない論文です。(大規模試験するには費用が大きすぎるし回収できるほど儲かる薬ではないだけに・・・)

 

 

 

 

参考論文

1
保湿剤の効果に及ぼす塗布量および塗布回数の検討
 http://doi.org/10.14924/dermatol.122.39

2

Effects of repeated application of a moisturizer. - PubMed - NCBI PMID: 2572123

 

もしよろしければバナーのクリックお願いしますm(_ _)m

にほんブログ村 病気ブログ 薬学へ
にほんブログ村 

 にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村

EBMに対する誤解を解こう

 先日参加した講演会の内容をまとめました。

 第6回 兵庫医療大学薬学部生涯研修セミナー

 「ポリファーマシーをめぐる問題と薬剤師の関わり」

 講師 青島 周一 先生(医療法人 徳仁会 中野病院薬局)

 

 青字で書いているものは完全に私の私見です。

 

 「ポリファーマシーの明確な定義はない」

 ただし、処方される薬が5剤を超えると有害事象の発生が増える傾向にあるので、ざっくり5剤という捉えられている印象。

 

「ポリファーマシー=悪ではない」

 処方されている薬が多くても、それぞれの薬が適切に(もしくは効果が危険性を上回って)処方されていれば多剤処方であって問題はない。

 そもそも、悪意で行われているポリファーマシーは存在しない。

  ・医師の患者に良くなってほしいという気持ち

  ・患者の医療を受けていれば安心という願い

  ・処方カスケード

  ・加齢により疾患が増える

  ・潜在的不適切処方

 

 メディアや一部医療者の中にも「ポリファーマシー=悪」と捉えている人や、経済的な意味で無駄と思っている人がいるよなあ。目先のお金で量るものか? 

 

「医療は人を幸せにしているか?」

 個別の事案はともかく、21世紀に入って平均寿命は大きく伸びていない

 その上、20世紀初めから75歳時点での平均余命はほとんど伸びていない

(伸びたのは乳幼児~成人期(中高年に入るまで)の寿命)

 もはや、医療の生命を延ばすという意味で役割は限界かもしれない。

 

 現在、正しい医療とされることがらは人を幸せにしているか?

 その労力の割に効果があるといえるか?

 実際に、高齢者においていろいろな生活習慣病で厳密なコントロールと生命予後の

関連を検討する研究がなされているが、厳密なコントロールが余命にプラスになっていない結果も出ている。(生命予後が変わらないものや、かえって死亡率が上がっているものもある。/余命がもともと短いので、もともとの疾患以外の理由で死亡することも多い)

 

「ポリファーマシーへの介入ではなく、個別の薬物療法への関わり」

処方数に関係なく、患者にとって処方が適切になされているかどうか関わっていくのが薬剤師の仕事。

様々な潜在的不適切処方を解析するツールが出ている。

 例)Beersクライテリア

 解説

ビアーズ基準 - Wikipedia

www.ncbi.nlm.nih.gov

onlinelibrary.wiley.com

 

 STOPP/STARTクライテリア

STOPP/START criteria for potentially inappropriate prescribing in older people: version 2 | Age and Ageing | Oxford Academic

 

日本老年医学会「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」

このリンク先には総論のみ記載

https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20150427_01_02.pdf

 

 神戸大学医学部附属病院で行われた多剤併用患者へのSTOPP/STARTクライテリアを用いた処方介入に対する患者さんへの説明文

http://www.hosp.kobe-u.ac.jp/yakuzai/Pharm/clinicalstudy/study_polypharmacy.pdf

 

 

 処方に介入し、処方数は減ったが、QOL向上には繋がらなかった

 

 処方が減ってQOLが低下していないということは、減らした薬は減らしても減らさなくてもどっちでもいい薬だったという判断につながるかもしれません。この場合は、薬を飲む飲まないの判断は医学的根拠以外の、患者の価値観を尊重する方向になるのが妥当と考えます。

 

↓高齢者の薬物療法において最も考慮されるべきこと↓

残された余命に対して十分なベネフィットがあるか?

 人生の最後5年ぐらいを多剤投与状態で生きる高齢者

 老化による機能低下を完全に避けることができない。

 高齢者の場合、検査値はよくなったけど死亡が増えるというのは、薬に害があったというよりも寿命が来たという考え方が自然。

 また、患者の状況によって考慮するリスクは変わってくる。

 

例えば認知症患者の場合

 認知症薬ドネペジルで余命が伸びたと言っても、それは健康寿命か?

 (周囲との関係によってはつらい時期が伸びるだけという可能性も)

 認知症に既になっている患者に「認知症になるリスク」は関係するか? 

 寝たきりの人に骨折リスクは関係するか?

など。 

患者さんやその周囲の人との関係など、効果というものを多角的に考慮する必要があります。医療側の視点以外で考えること、患者さんの価値を尊重することが大事になってきます。

 

この項目の感想としては、

余命を患者さんやその家族に切り出すのは難しい場合がないか?

 ある程度健康な時に余命の話をすると冷静に判断できると考えますが、客観的に捉えられない状況で切り出すと「私はもう死ぬのか」と愕然としたり、「一日でも長く生きてほしい、死ぬなんてこと言わないで!」とギャーギャー喚く親族が出て炎上しかねません。そういう親戚がいて、無駄に声が大きいと、ずっと世話してきた家族や本人も言いたいことが言えなくなるのではないかと考えます。

 ただ、この私の意見は杞憂とも思います。ある程度高齢(80歳以上)になっているなら、死ぬことを想像しているでしょうから。これが、若くして死に直面する事になった場合は受け入れ難いでしょうが、その場合は今回のエビデンスの対象ではありませんので別の問題となります。

 ただ、統計で出てきた余命というのも、あくまで平均なので、眼の前にいる人にそれが当てはまるとも限らない(もしかしから明日逝くかもしれないし、20年以上生きるかもしれない)のは頭に入れておいたほうが良いですね。

 

 

ここで本題。

EBMは誤解されている?

 確かに誤解されています。

 講演の中でも、

 押しつけになっているとか

 医師に対する攻撃ではないか とか

 薬剤師と医師が対立構造になっている

という意見が届いたとありました。

 そうなってしまうのは、医師へエビデンスを持っていく手法ではないかと考えます。

 医師が処方を考える時の材料として提供できる形に持っていったり、

 患者さんがいろいろな感情の揺れ動きの中で出てきた本音を叶える手段として報告に上げたり

 医師の薬物治療に対する説明の補足として用いたり(医師と患者の知識と思考のレベルは大きく違う。特に思考訓練の度合いは遥かに格差があります。診察の際は理解したつもりになっても、診察室を出た途端忘れてしまうこともよくあります。それを口語レベルで解説する役割としては、薬剤師は適しているのではないかと考えます。診察における立場と考慮すれば、看護師が適していると思いますが、医師の難解な言葉を咀嚼するという機能を持っている知能レベルを持っている可能性が高いのは現時点では薬剤師ではないでしょうか。医師の意図を阿吽の呼吸で把握して動ける看護師が最適任ですが、そういう方はまずは医師の横にいて診療補助をしてほしいのではないでしょうか。医師の意図を把握して動くという意味ではクラークに当たる人が多く出てくればそういった咀嚼説明に当たれる人が増えると思います。薬局の薬剤師も「医療機関の外にあり、医療機関の診察時間に関係なく独立して相談することができるという意味では優れています。余談ですが、敷地内、院内薬局ではそれは難しいのではないでしょうか。)

色々できると思います。

 

 これ以外にも、

 患者さんの気持ちが入っていなくて冷たい とか

 感覚を重視していない とか

 医療者自身の考えがない とか

 いろいろな誤解があります。

 

 実際は、過去の研究でわかった「どっちでもいい薬物効果のもの」に対してにこそEBMは適任なのではないでしょうか。患者さんが何を重視するかがわかれば、その重視する価値観を薬物治療が叶えることができるか根拠を持って判定することができます。

 信頼関係と知識。両方必要です。知識や技術があってこその信頼関係です。

 

「この薬剤師に聞いたら、わかりやすく説明してくれるし、言ってることに嘘がない。そして、自分のことを人として尊重してくれる。自分のことを思ってのことなので、もしその治療が自分に当てはまらなかったとしても受け入れよう。」

 

 言ってることに嘘がない、というのがエビデンスです。 

 でも、「」の後半部分がないとEBMにはなりません。

 むしろ、後半部分だけだと、とんでも医療になりかねません。

 患者さんと話をしている時の非言語表現を把握することが感覚で、

 そして、患者のことを尊重する、というのが医療者自身の考えではないでしょうか。

 

 やはり、EBMはエビデンスを用いた血の通った医療と考えます。

 

 

最後に余談。

早く会場に着きすぎたので、外でポケモンを取りに行こうとしたら、暑いでしょうから

中で待っててくださいと言われました。

 

ポーアイはコイルとビリリダマがたくさん取れるよ!

 

 

 

 

もしよろしければバナーのクリックお願いしますm(_ _)m

にほんブログ村 病気ブログ 薬学へ
にほんブログ村 

 にほんブログ村 病気ブログ 薬・薬剤師へ
にほんブログ村